沿革

明治 6年11月 遠江豊田郡友永村、上川会村、下川会村、大谷村、牛飼村の5ヶ村連合し
                      て一小学校を置く。第二大学区十二番中学区第百三十五番友永学校と称
                      し、友 永村積雲院を以って校堂とする。(11月23日)
       10年 1月 第十二番中学校第百三十五番小学校と改称、牛飼・藤上原に分校を設け
                      る。
       15年10月 友永村無番地(山腹)に校地を選び、校舎落成。
       16年10月 豊田郡第十学区友永学校(川会・友永・大谷・見取)
       22年 4月 萱間、山田、川会、友永、大谷、見取村を合わせ三川村となり、三川尋常
                      小学校となる。
       30年 4月 修業年限2年の高等小学校を併設し、三川尋常高等小学校と改称する。
    44年 4月 三川村友永、横町に移転する。
 昭和16年 4月 三川国民学校と改称する。初等科6年、高等科2年となる。
       19年12月 東南海地震により校舎大半が破損し、児童8名が死亡する。
        22年 4月 三川村立三川小学校となる。
        24年 6月 現在の校章を制定する。
        30年 4月 袋井町立三川小学校と改称する。
       33年11月 袋井市立三川小学校と改称する。
       36年10月 学校給食実施 2教室を給食室に改造する。
        38年 2月 三川小学校校歌を制定する。
        49年 3月 「やすらぎ」の碑を建立する。
        49年 4月 開校100年記念祭を行う。記念誌を発行する。
        51年 3月 大小プールを竣工する。
        56年 6月 校舎が落成(鉄筋コンクリート3階建て延べ2,350㎡)する。 
   57年 3月 屋内運動場の落成式を行う。
       58年10月 校門(正門)落成する。
     59年 2月 アスレチックが完成する。
       62年12月 ひょうたん池が完成する。
 平成 2年 1月 学校給食優良学校として県教委より表彰される。
        5年11月 岐阜県大垣市青墓小学校との交流で6年生が来校する。(第1回) 
    7年 8月 6年生・保護者・PTA役員・教員が大垣市青墓地区を訪問する。
                    (第1 回)
        7年11月 青墓小学校6年生・PTAが来校し、「欅」を記念植樹する。
                    (第2回)以 後、毎年相互交流をする。
      8年 7月 青墓小学校から金生山の化石を含む石が贈られる。
      9年 3月 本校卒業生平野聡子(54年卒)さんの絵画を玄関に設置する。 
  10年 2月 「はごろも教育奨励賞」学校賞を受賞する。
                     (ふるさとを見つめる活動を通 して)
   10年11月 袋井市教育委員会指定研究発表会(一校一特)を行う。
   12年 8月 児童トイレ6カ所を洋式に改装する。
   12年12月 放送設備を新しくし、テレビ放送が可能となる。
      13年 3月 パソコン21台が新規に入る。 
     13年11月 袋井市地域文化活動奨励賞を受賞する。(朝長アピール大作戦)
     14年10月 新しい校門が完成する。
      15年 3月 校内LANを設置する。
      15年 9月 アスレチックが老朽化したため解体する。
     15年10月 国体選手(北海道・青森県・秋田県)と交流会を行う。
      16年 3月 国体記念タイムカプセルを埋める。
      17年 2月 新しいアスレチックが完成する。
      18年 2月 「はごろも教育奨励賞」学校賞を受賞する。(ふるさと三川の食育)
     18年11月 文科省研究指定「食育推進事業」発表会を行う。
     18年11月 「健康推進優良校」を受賞する。
     18年11月 パソコン40台が新規に入る。
     19年 9月 体育館ステージ袖幕・一文字幕を新調する。(地区有志寄贈)
     20年 3月 体育館ステージ霞幕・背面幕等を新調する。(後援会会計から)
     21年 2月 プール浄化装置を設置する。
     23年 8月 図書室にエアコンを設置する。
     25年 8月 体育館天井部分落下防止工事が完了する。